フロンティア軌道理論でノーベル化学賞を受賞した、福井謙一教授による回顧録。
自然科学における新しい発見に必要な独創性および先見性には、いかに広範な、自然科学、人文科学にこだわらない基礎学問が必要かということを何度も何度も繰り返し説いている。これだけ繰り返したということからも、きっと非常に強い信念であって、それだけではなく経験によるものなのだと思う。
さらにもう一つ、科学的直観を養うことの重要性を挙げている。これはアンリ・ポアンカレが「科学と方法」で述べたような数学の美に対する直観のようなもので、自然の美に対する直観だと解釈した。自然科学者に幼い頃の山を駆け回って過ごしていたと語る人が多いのはこのためだろうか?
この理論を興す原動力となった氏の卓越した数学力は、「私の勉強の方針は、どんな数学でも理解できないまま放っておかない」(p.116)によるものであろう。このように深く深く理解しようという姿勢は、本書でも引用されている孔子の
学びて思わざれば、すなわち罔し(くらし)。
思いて学ばざれば、すなわち殆し(あやうし)。
という言葉を自ら体現をしようとした結果であろう。