己と道具を知ること

 以前書評を書きました、アタマが良くなる合格ノート術という本で、学びに重要なのはノート術そのものよりも、このノート術たらしめた哲学の部分、すなわち自分が理解していることと理解していないことを明確にするということであると書きました。

アタマが良くなる合格ノート術
著者: 田村仁人
ページ数: 176ページ
出版社: ディスカヴァー・トゥエンティワン
発売日: 2007年4月28日

書評: アタマが良くなる合格ノート術

 この理解していることと理解していないことをきちんと理解する、すなわち己を理解することができていると、もしも間違えてしまった場合には自分には何が足りていなかったのか?ということがきわめて明確になります。もしくは、自分が理解していたことが実は違っていたということを理解し、補正をかけることも可能となるのです。

 さらにそれによって道具を知ることということにもつながります。

 道具を知ると何がよいのか?それは情報を圧縮することが可能となると考えています。よくポイントを憶えなさいといいますが、道具をよく知らない段階ではポイントを憶えたところで、その使い方がわからない。そうすると、やけになってたとえば全部憶えようとする。もちろん人間の脳はすばらしいもので、雑多に詰め込んだ情報を勝手にクラスタリングしてくれるという機能も持ち合わせているのですが、場合によってはそれが効率が悪いということもあります(もちろんそれが必要な場合、たとえば全く理解できないようなことをやる場合にはよいとかがあります)。

 ところが、道具の使い方がしっかりわかっていると、そこの部分は一点ですみますのである程度間隔の開いた点で情報を表現することができる、すなわち圧縮されているということになります。これのすばらしいところは抽象化が可能だということです。つまり情報が圧縮されている分、ほかのものと見比べたときには違いが引き立つし、同じものは同じ部分が引き立つ。それが抽象化するということでしょう。

 要はやるべきことはどうやったら理解していること、理解していないことを明確に区別するかということであって、そこに注力することは多大な影響を及ぼすと思われます。

 ではさて、これをどうしようかということを今少しずつ考え始めているところです。